チョムリアップスォ!
代表の加藤大地(かで)です(#^^#)
カンボジアでは昨日久しぶりに雨が降りました。
さらには5分~30分ぐらいの短い停電も5回前後おきて、
電気の有難みを感じる良い時間でした♪
コロナウィルスの影響でカンボジアは全国で学校が休校、
さらにはクメール正月での人の移動や密集を防ぐために州間の移動を禁止(日本でいう都道府県)にしている状況です。
そんな毎日なので、
村の人たちへの感染リスクも考え2週間程前から村へ行くことを控えています。
毎日、村のみんなやスタッフ、子ども達の事を思い出し、
『会いたいなぁ』
なんて思っていますが、
今、みんなが心配している状況の中、より大きな心配をかける事は避けたいのでもう少し状況を見計らってみます。
ですので、今日は久しぶりに私たちの活動の原点ともなったイキイキ小学校建設についてお伝えさせていただこうかと思います(#^^#)
一回では書ききれないので3部作ぐらいになると思います。
ご了承いただければ幸いです。
そもそもなぜ学校を建設しようと思ったのか?
僕が初めてカンボジアに訪れたのは今から14年前、27歳の時でした。
27歳の時、僕は高橋歩さんという方の「Adventure Life」「World Journey」という本に出会い、
100万円あったら一年間世界中を旅出来るという事を知りワクワクが止まらない状況でした。
そして、初めてバックパッカーとして訪れた国がカンボジア。
理由は旅をしてみたかったという事と、
アンコールワットが見たかったから。
その旅の中で27年間、当たり前の環境だと思って育ってきた日本の環境が当たり前ではないという事を肌で感じ、衝撃を受け、価値観に変化をもたらしていきました。
特に大きな理由は2つ。
1、あっという間に仲良くなれる人たち。
タケオゲストハウスという日本人宿に泊まり、そこのドライバーさん達と初めましても言わないぐらいのスピードで乾杯して言葉もほとんどわからない中、雰囲気でたくさん笑って、結構夜遅くまでお酒を飲んで、また今度は鍋でも食べに行こう!と約束して別れました。
2、簡単に人の命が失われるという現実。
一緒に飲もう!と約束していたドライバーさんの中に、
「今日は調子悪いから帰るね」
と帰ってしまったドライバーさんがいました。
そして、その日の夜中に亡くなってしまいました。
まだ30歳前後の男性ドライバーさん。
聞くと最近結婚したばかりで、奥さんのお腹の中に子どもを授かったこともわかり、
宿のドライバーの仕事だけでは食べていけないから、夜は町中に流しのドライバーとして働きに出るという生活を繰り返していたとの事でした。
身体の調子が優れないことはわかっていたど、
たぶん大丈夫だろう。病院もお金かかるし我慢できる。
と我慢していた結果、急に意識を失いそのまま帰らぬ人となってしまったとの事でした。
この時、27歳の僕はいわゆる発展途上国と呼ばれる国に生きる人たちの良い部分と大変な部分の両方の一旦に触れた気がしました。
もし、このドライバーさんが日本に生まれていたら亡くならなくてすんだ命だったんじゃないか、、、
初めての一人旅で、初めて生まれる感情。
この時、確かに僕の中に
「好きになった人たちが困っているのなら何かしたい」
という素直な感情が湧き、学校を建設しよう!
という心の大元の部分が出来上がり、
今でもこの時の感覚が僕自身を動かしています。
続く。
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