Kissoブログ

数日前から気になっていたある家のお父さん。

何気なく家の前を通るときに、

「元気?」

と聞くと

「足が痛くて動けない」

そう返事が返ってきたのが数日前。

足がかなり腫れていたので、

「病院に行ったほうがいい」

と伝えると

「お金がなくて病院にいけない」

と返ってきた。

その時約8年前、ある女の子が高熱を出して動けなくなっていたのを見て、その家族に同じく

「病院に連れて行ったほうがいい」

と伝えたら

「ガソリン代がないから連れて行くことが出来ない」

と言われ衝撃を受けた事がフラッシュバックしてきた。

あの時の自分は渡せるお金があったのに、渡さなかった。

そこには色んなその時の自分なりの苦悩があったんだけど、その時渡さなかった自分に対して、

あれで良かったんだろうか?

とずっと引っかかる何かが残った。

そして、あの時があって今思うことは、

「助けられる時に助ける事ができるならやるのが自然」

な事だということ。

目の前のお父さんは足が腫れて動けない。

もう後悔はしたくなかった。

なので、

「お金は自分がとりあえず払うから病院に行こう!」

とバイクで連れていった。

その間そのお父さんは泣いていた。

結果、必要なものが足りなかったり、小さな病院では診られないという事で、病院で今日治療してもらう事は残念ながら出来なかった。

治療してもらえなかったのに帰り道お父さんは僕の方に手を乗せ、少し明るい口調と表情で話しかけてくれた。

村に帰り家に送っていったらお父さんや奥さん、近所の人から

「ありがとう」

と言われた。

自分がカンボジアに住んで村に通う意味は自分の目で肌で感じた感覚を信じて現地だから出来る動きを起こすということ。

8年前の引っかかりがほんの少しだけ取れた気がしています。

でも、まだまだこっから。

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